血まみれの紫―伍ー「ば…やめろって!この、酔っ払い!」無論自分も酔っ払いではあるのだが。そうでなければこんな状況になったりはしない。 見つめ下ろす焔に照らされて紅くなった碧色の瞳。 完全に組み敷かれている自分。 なぁ、オレ達、ダチじゃなかったか・・・????? 「っっ…この、馬鹿ルーファス―――――ッ!!!」 時は少し遡る。 街の酒場にて。 「だからさぁ~…俺にはできないんだよぅ~あんな、あんな綺麗な子に…でも好きなんだよぅ~ううううしくしくしくしく」 10ある連隊長の中で、美形二人が、軍服のまま場末の酒場に来ている。それだけで、一平卒達は凝視していた。 それも、片方は何かと噂の絶えない問題中佐。もう片方は非の打ち所の無い優秀中佐。 リン=ファイネルとルーファス=ドイネスである。 で、泣き上戸になっているのが、…普段は冷静で決してこんな表情を見せたりしないルーファスである。 んー。毎度のことながら、なんとも云えねーなー。 まぁこの時代、男同士の恋愛というのも、フッツーといえばフッツーなのだ。 何瀬オレは陛下の恋人だし。 オレはテーブルの上に置いてあったウィスキーの瓶をラッパ呑みした。グラスはあるが、注ぐのがメンドウくさい。 「カルアが好きならさっさと自分のモノにしちまえよー。オレは何も云わないぜェ。」 しゃっく、と喉が引き攣った。そろそろオレも酔ってきたよーだ。 カルア=リード。ルーのお付で、オレのルームメイトだ。年は只今13、丁度美味しい頃合だろう。 金髪に綺麗なサファイアブルーの瞳の、それでいて剣士の資質を持つ(オレは将来大物になると思っている)、第3連隊のアイドル(笑)だ。 「できるならやっているッッッ!!!!できないからこーしてお前にソーダンしているんだ!!!」 全く普段から考えられない。頭抱えて、振るかフツー? 「ふぅん。アッソ。じゃ、なに。カルアはオレがモノにしちゃってもいいわけェ?」 「ふざけんなァ――――――ッ!!! お前みたいなのに、あの子を渡してたまるかあああああああああ!!!!」 酒場の壁、一平卒、(オレは耳を塞いでいた、)がビリビリと音を立てる大音声でまくしたてる、普段冷静な以下同文。 オレの抱えていた酒瓶を奪い取り、彼はそれを一気呑みした。おお~、と歓声。たてんな。 呑み終わった瓶をあらぬ方向へ投げ捨て、約一名の兵を気絶させたルーは、テーブルに身を乗り出した。 「大体お前ッ、あの子にナニかしてるんじゃないだろおな?!そうなんだな?!夜中に泣き声が聞こえたとか、悲鳴とか、俺の部屋にだって、そのくらい聞こえてんだぞ!?枕抱えて泣きながら来た事だって」 ここでまた歓声。オレは「オン」と一言告げて、歓声の方向に向かって符を発動させた。悲鳴やらなんやら。 「一度や二度じゃすまないンだぞ?!お前が泣かせたってカルアはな!!」 あー、五月蝿い五月蝿い。オレは立ちあがって、ぎょっとした表情のルーの両頬を両手で抑え、キスをする。 「~&&&&==%$#%&=(~~=%$#$&%))&!」 舌を絡めあう、濃厚なキスをゆっくり離す。んー、酒の匂いがする。 ルーはと云えば、その体勢のまま、見事に後頭部から床にひっくり返り、オレを恐怖の表情で凝視しつつ、抜けた腰で後ずさった。オレは襟を開けた軍服の上着を肘まで脱ぎ、下に着ていた白いシャツをゆっくりと同じく、肩まではだけた。 ペンダント?今日はポケットの中だ。 黄色い悲鳴。オレは「オン」と…以下同文。そして、壁際まで情けなく後ずさるルーに向かって歩いていく。 「お前、キス下手だな。それじゃ、カルアをモノになんかできねーぞ。娼館行けよ、教えてもらってこい。それとも――」 どん、とルーの背が壁にあたる。は、と彼は後ろを見、逃げられないと気づいた。そしてもうその時にはオレは彼の目の前にいた。 ゆっくりと跪いて、目線を合わせる。 「オレがここでゆゥっくり、教えてやろォかァ~?」 「ぎゃ―――――――――ッッッ!!! よ、よるなくるなさわるなぁあああああああああああああああああああ!!!!」 腰が抜けているので、言わずもがな逃げられない。オレはゆっくりとその両肩に両手を乗せる。首に絡ませる。 「オレ、結構お前好みだろ?知ってるよ…お前もち肌と巨乳が好きなんだもんな?」 ルーの目が据わってきた。だんだんはだけられた襟元に集中していく。カナシイ。男とはコンナモンである。 しかしまさか、本当に襲われるとは想定の範囲外でした。 「やっ…あ、この、馬鹿!!痛いっ!痛いってば!」 酒場を出ていつものよーに迷っていた時、なんかヤな予感はしていたのだが。 よもや襲うとは。 こんな馬鹿に襲われているオレも情けない…。 「誘ったのはお前だろーが…なぁリン。ああ、ここにも陛下の跡が残ってる。こんな所にも…?お前、陛下の前ではどんな風なんだ…?」 ダメだ。こりゃ。理屈が通じるジョータイじゃない。おとなしくしてしまった方がいいだろーか…。 「なんだよ…抵抗しろよ、お前の泣く様が見てみたい」 ……………サド?! サドですかこいつ?!ぢつは?! 「あ…いつっ!痛いって云って…この、馬鹿ァ!」 「さっきからそればっかりだな。もっと、艶っぽい声、出せないのか?」 喉を舐め上げる舌に、情けなくも感じてしまう。「んん…う」 見なれた親友の顔が別人に見える。白い肌が赤い焔に照らされている。少し高い、甘い声、割りと華奢な腕、身体には、幾つものキスマーク。 罵声を浴びせようとした唇に、自分の唇を合わせた。やわらかな唇。吐息が漏れている。なんとか抜け出そうとする手を絡めて、地面に縫い付ける。 唇を離すと、浅い息を繰り返す。耳朶をゆっくりと噛んで、耳元で囁く。 「ミダレロヨ。もっと…」 乱れていくリンを見ながら、ルーファスはゆっくりと考えた。「カルアもこんな風になくのかな」 ってンめぇ、ヒト抱いてる時に他の男の名前を呼ぶだと?! マナー違反だ!!!!!!!!!!!!!! 許せねェ。ぜってぇコイツ、苛めてやる!!! そう誓いながら、オレの意識は快楽に支配されていった。 「ぎゃ―――――――――――っ?! 誰だ、私の軍靴の中に剣山を入れたのは?!」 なんだか、だらだらと右足からリアルーに血を垂れ流しながら、ルーファスが叫んでいる。 非常召集がかかっていたが、オレは軍靴の中をチェックするのを忘れない。オレのように若年の中佐というのは、いつも暗殺やら嫌がらせやら、ラブレター(34通)に気をつけなければいけない。 ルーファスはと云えば、てきぱきと軍服の襟を正し、剣を佩き、…チェックもせずに軍靴を履く。 フン。だからそんなことになるんだよー。ん?オレ?余裕ありすぎ?いいんだよ、死ぬのは弱い奴。そんな使えんヤツはオレの隊には要らん。 ルーの隣で呑気に軍靴の紐を締めていたオレを、やっとアイツが振りかえった。 「…お前かぁああああ~…」 オレはそ知らぬ振りで見上げた。「何が?」 彼は軍靴をぶんぶんふりながら、…止血しろよ、…取り出した剣山を放り投げてきた。ひょい、とオレが避けると、後ろで悲鳴が聞こえた。あれは着換え中の第3連隊(ルーの隊)の少佐だろう。 「何故避ける?!」 「あたったら痛いじゃん」 丁度軍靴の紐を締め終わった。オレは立ちあがって剣を持つと、さっさと更衣室を出る。 「連隊長が遅れていーのかァ?オレ先に行くからー」 「待て!この!問題は解決してないぞ!あ、いてっ、いてっ、こら、責任取れリン!!」 オレは振りかえりもせずに治癒の符を投げつけた。 「おら。これでいーだろ。さっさといかねーと全部オレの獲物だぜー?」 くっくっく、とオレは喉の奥で忍び笑いをしながら、更衣室のドアを閉めた。 諸刃の剣は陛下にねだった特注品。 鎬に書かれた文字はオレの呪語。符と反応し、焔や風を巻き起こし、敵兵を文字通り「木っ端微塵」にする。 「た、助けてくれ、故郷には…家族が、」 「うっせぇよ。」 思い切り剣を縦に振り上げる。蛙が踏み潰されたような音がして、そいつの目玉が飛び出し、顎から剣先が覗いた。 死にたくないなら戦場になんか出んな。 敗走兵にも容赦はしない。一足で追いつき、恐怖に引き攣る表情を見るのがたまらなくイイ。 「よオ」 最初の兵は背中から腹にかけて串刺しにした。返す剣で破れかぶれに切りかかってきた若い兵の胸を柄尻で跳ね上げる。その手から飛んだ剣を追って空中へ軽く跳ぶ。そのまま、受け止めた剣先を尻餅をつくようにして転んだ兵の腹へと突き刺す。そのまま90度抉り、苦痛に歪む表情を見ながら、次の獲物へ移る。 まだ呻いていた若い兵の頭に軍靴の踵を持ち上げる。恐怖に引き攣り、涙と汗と涎に塗れた顔。 「あァ、五月蝿ェ」 引き絞られる弓矢のような断末魔。四肢が生を求めてあらぬ方向に動く。左足に力を込めると、ぐしゃ、と水風船の割れるような音がして、兵の頭が見事に割れた。 「おーおー西瓜みてェ。そいや解剖学も勉強してぇよなぁ。腑分けとか。たっのしそー」 死体を転がしてまじまじと眺めていると、ふと気づく。 大分遠くまで逃げていったみたいだ。しゃーない、追うか… 「リンちゃん!!」 剣の血を払ってから振り向くと、蒼白になったカルアがいた。 「んー?なんだよ」 彼は青い瞳を怒らせて、「命乞いしてるひとまで斬るのッ?!逃げてるひとたちまで斬るなんて…」 オレはにやりと口端を持ち上げた。返り血に塗れたオレの笑みは、さぞ壮絶に見えることだろう。 「だから?ここは戦場。殺し合いをするんだぜ、カルア。逃げた兵はまた編成し直されて来る。だから、斬っとかねぇと、効率が悪ィ。」 「そんなの!…主の天罰が下るよッ」 …そんなのだったら、生まれたこと自体がきっと天罰だ。 オレは一瞬の無表情のあと、笑う。 「ふゥん。天罰、ね。あるならあたってみてーな、大吉みたいなもんだろ?」 「大凶だよ!!」 いや。ボケなくてもいいんだけどな…。 と、ルーが近づいてきた。 「…。カルア、来なさい。こんな殺戮狂、ほっとけばいい」 「ほー。よっく云うよ、さっきまでけっこー嬉しげにオレの残り物片付けてたクセにー」 ふふん、とオレが笑うと、ルーは気分を悪くしたように眉間に皺を寄せた。 「…私は命乞いをする兵まで斬らない」 「あら、おっ優しいことで?そんじゃ今度オレが手が滑ってお前の方向に剣向けてやるよ」 「なっ…」 オレはカルアの右手を引っ張った。軽い少年の身体は、直ぐにオレの腕の中になる。オレはその唇をゆっくりと返り血のついた右手の人差し指でなぞる。 「綺麗な化粧だろう?血の紅はこの世で最も綺麗ないろだ。それが似合うんだ、オレもお前も、 カルアも、な。」 図星だったのか、ルーファスは硬直したまま動けなかった。 「…ねぇ、どうしてリンちゃんはあんなに殺すの?」 「それがオレの役目だから」 部屋への長い廊下を歩きながら、オレの軍服からは返り血がぼたぼたと落ちている、髪からも。 「…殺すのが、好きなの?」 「…ああ、好きさ?だって殺さないとこの国が滅ぶからな」 カルアが俯く。 「…でも、やっぱり、…命乞いしてるひとまで殺すのは…」 「知るか。死にたくなけりゃ強くなりゃいいんだ。じゃなきゃ逃げる。これっきゃねェよなァ」 オレは振りかえる。 「お前も強くなれ。もっともっと。お前は強くなれる」 「それは――」 一瞬の静寂。重い、短く長い静寂。 「――俺に、ひとを殺せって、こと?」 生まれた時から殺して生きてきた。 綺麗事云うなよ、神なんていねェんだよ。 人間てのぁ、命を犠牲にして生きるんだ。 全ての動物が生きるために何かを殺す。 当然のことなんだよ。 (じゃあ何故、オレは十字架を持つ?) すきだから。 (何処かで、救いを求めてる) そうかも、しれない。 軍服の襟章を眺めた。 剣を抱える。 (ころされるのは、いやだ) しぬのは、いやだ。 しにたくない。 しにたくない。 (しにたい) (しにたい) (しにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたい…) 「…陛下の所、行こう」 すうすうと澄んだ寝息を立てているカルアに気づかれないように、オレは部屋を出た。 こわいんだ、 つかまえていて、陛下。 こわいんだ、 自分が、何処かにいってしまいそうで…―― 思えばもう、この頃からオレの精神は何処かが壊れていたのかも、知れない。 矛盾する言葉と想い。常につきまとう恐怖。 「陛下、もっと抱きしめて。オレを…抱きしめて。」 オレが、何処かにいってしまえないように。 オレにとって神は、陛下、 あなただけ。 TO BE continued 陸… |